プラモデルとは

プラモデルの歴史

少年時代を経験している男性なら一度は経験している工作作り、その中でもプラモデルを造ったことのある人は多いのではないだろうか。先に行っておくと、私は子供、限定するなら小学生のころはプラモデルというものに触れたこともなかった。単純に親が買ってくれなかった、もしくは私自身が興味がない上に図工関係が非常に苦手だということも関係していたのかは分からない。何にせよ、私は少年時代というときにプラモデルを作ったことがない。私が初めてプラモデルというものを購入したのは実は高校生くらいの時だ。ただそこでものすごくはまったというわけではなく、比較的簡単な作り方となっている商品を友人からプレゼントされたので、試しに作ってみたら完成までに時間は掛からなかったものの、組み立てるのに必要な部品を壊してしまうということを何度か繰り返してしまったので、精密に言えば完成したものを作ったことがない。その時つくづく思ったものだ、自分なんという不器用加減なのだろうかと飽きれたくらいだ。

そんな私個人の考えは言いとして、プラモデルというのを作ったことがあるだろう人々も沢山いるでしょうが、そもそも原点となる始まりはどこから来たのだろう。そんなプラモデルの歴史、まずはそこから紐解いていくことにしよう。

始まりはイギリスから

プラモデルを世界で一番初めに販売したのは日本ではない、もしかしたら勘違いしている人がいるかもしれないのでここははっきり言っておく。ではどこなのかというと、それはイギリスの、かつて存在していたIMA社の模型ブランドである『フロッグ』のブランドが動力付きの木製模型飛行機を1936年に発売したのがその起源となっている。その時発売したのが『フロッグ・ペンギンシリーズ』となっている。

この時のプラモデルはイギリス軍が実際に教育で用いていた航空機や軍用車両などの識別用モデルを当時は新素材でもあったプラスチックで作る技術があったので、その技術を応用して作られることになったのだ。その影響で作られたのがフロッグ・ペンギンシリーズとは、1/72二等位置された航空機のキットとなっており、第二次世界大戦によって中断されるまでは英国機を中心に30点余が国内で発売されていた。

その後第二次世界大戦が開戦し、その戦時中にアメリカ国内でもプラスチック製の識別用モデルが多数作成されることになり、大戦が終結する1945年以降になると、ホーク・レンウォールなどの複数のメーカーがアメリカでもプラモデルの生産が開始されるようになる。1950年代になると、オーロラ・リンドバーグ・レベル・モノグラムなどの更に多くのアメリカのメーカーがプラモデルの生産を開始すると、ヨーロッパでもイギリスのエアフィックスやフランスのエレールなどが活動を始め、プラモデルは急速的にその市場を拡大していくことになった。

この時欧米間でもプラモデル製品に関して違いが出ていた。フロッグやエアフィックスといったイギリスのメーカーの航空機キットが最初から1/72で塔位置されていたのに対して、アメリカのメーカーの初期キットは箱のサイズに併せた箱スケールのものが多かったが、1950年代後半以降にはスケールの統一化が進行していき、多くのメーカーが1/72と共に1/48を航空機の統一スケールも出るとして採用することになった。しかし統一することになったものの、どちらかといえば1/48スケールが主流となっていった。

また初期の邑楽も出るメーカーの多くが木製模型飛行機のメーカーであることも背景に、初期のプラモデルは航空機が中心商材となっていたが、1950年代半ば以降からは、艦船・戦車・自動車などのプラモデルも続々と登場することになった。そして1960年代に入ると、欧米メーカーが数多くの名作キットを生み出すことになる『プラモデルの黄金時代』が幕を開けるのだった。

日本の歴史

日本におけるプラモデル商品の黎明期となったのは1950年代初めのことになる。この当時アメリカで普及し始めていたプラモデルが在日米軍関係者などによって持ち込まれたなどといったことでその名を知られるようになるも、日本の模型メーカーが商品に対して目を付けることはなかった。その後1956年頃になると少数ではあったものの、外国性のプラモデルを輸入して販売する店が増えていき、玩具メーカーのマルサン商店や模型メーカーの日本模型なども、プラモデル国産化への模索を開始していくことになった。そうして、日本で初めての国産プラモデルとなったのは、1958年に発売されたマルサン商店の『潜水艦ノーチラス号』など、計4点のキットであった。

その後1950年代後期になると、戦記映画の人気や雑誌・出版物の影響を受けて、第二次世界大戦戦記特集に後押しされたことも含め、軍艦や飛行機などの実物の縮尺模型が誕生していくことになり、それらの模型が主力商材として販売されていた。その後1960年代後半頃になれば、今井科学による『サンダーバード』の人形劇が人気を博したことをきっかけに、劇中で登場する機械をプラモデル化して、その後のキャラクターモデルという分野を確立することになるのだった。またこの後に起こるスーパーカーブームを、プラモデルがそのブームの一端を担うことになった。

その後日本のプラモデル業界に確信が起こることになった。それこそ1978年に放送され、現在でもそのシリーズものが公開されては話題をさらうことになる日本の代表的なアニメ『機動戦士ガンダム』のガンプラシリーズの誕生により、その後のプラモデルブームを更に加速させることになるのだった。ガンダムシリーズのプラモデルのことを『ガンプラ』と評して呼ばれているが、ガンプラについては後ほどゆっくり話していこう。

このガンプラブームをきっかけにリアルロボットシリーズのプラモデルを主力商品年展開して意向と考えるメーカーが続々出てくるが、ガンプラ並みにその話題を呼び込むことはなく、その後に登場するミニ四駆でプラモデル業界に脚光が集まるが、現在までの流れを見てもミニ四駆に続く新たらなプラモデルブームは巻き起こっていない。

1990年代末期になると、模型業界にもファクトリーオートメーションの導入が開始されるようになり、プラモデル製品開発の労力が大きく縮小することになった。今までに掛かっていた設計などの作業もコンピューター上で行うことが出来る技術の誕生において、コストダウンを図ることに成功した。これをきっかけに資本力の小さい会社がプラモデル市場に参入することになり、特にキャラクターも出る分野においては以前の採算ラインを割っていたマイナー商品からの商品化が飛躍的に増加することになるのだった。

しかし現在のプラモデル市場の出荷額は年々減少傾向にあり、安定状態にあると考えられていたガンプラシリーズにおいても衰退を避けることは難しくなっており、現代の子供達の主要な遊び道具となっているゲームなどとの競争を繰り広げいているものの劣勢をしかれる形となっている。それだけもの作りに関心を持たない子供たちが増えていることを証明しているのかもしれない。

日本で特に盛んなプラモデル地域

日本国内において、最もプラモデル市場が盛んになっているのは静岡県となっている。静岡県は模型メーカーを始めとした大手玩具・模型メーカーが静岡県を中心に本社や工場などを展開している影響もあり、全国で特にプラモデルの売上シェアは静岡だけで全体の90%近くを占めている。

何故静岡なのか、ということだが静岡県には昔から木工技術などの特化している職人たちが多く住んでいたということもあり、その技術を引き継いで模型などの製造や販売を行なっていったことを契機として数多くのメーカーが静岡で誕生することになるのだった。

その後第二次世界大戦中には、原料不足から他県の木工産業が生産不能に陥る中で、静岡県は国から『重要木工県』という指定を受けていたことで、主に学校教材用として木製模型の生産を続けることができたことも大きい。戦後になると欧米のプラモデルが輸入されるようになり、当初こそ反応は鈍かったが、国産プラモデルが発売されたことをきっかけとしてプラモデルの人気が上昇すると、静岡県の各メーカーも1960年代から徐々に業界に参入していくことになり、木製模型からプラモデルへの転換が急速に進むことになるのだった。

その後社会現象にもなったガンプラブームをきっかけとしたプラモデルの人気の高さを受けて静岡の各メーカーはフル活動で新たな製品を世に送り出していくことになり、やがて静岡といえばプラモデルの原産県という、日本限定の特徴が付けられることになるのだった。

商品としてのプラモデル

プラモデルというのは商標上『プラスチック製模型おもちゃ及びその組立キットその他のおもちゃ、人形』、『新聞、雑誌、その他の定期刊行物』、『模型』に関して日本プラモデル工業組合が権利を所有しており、組合員は自由にその権利を使用することが出来るようになっている。

プラモデルという名前は、マルサンが1959年に商標登録したことで定着したが、他のメーカーではプラモデルという言葉をつけて商品を発売することは出来なかったので、商品名を工夫して発売していた。これはあくまで企業間での話になるので、一般消費者や小売店業からすればその線引きはしないで、広義でプラモデルとして認識していた。

その後マルサンが倒産したことで1968年に商標権が大手問屋の三ツ星商店に売却されることになり、1975年に日本プラスチックモデル工業協同組合に移譲されることになった。現在では各メーカーが自由にプラモデルという言葉を使用していいことになっており、バンダイやアオシマなどは自社製品のキャッチコピーとして使用していた時期もあった。

狭義のプラモデル

日本においてはプラスチック製の組み立てキットのうち、模型店で扱われるものを狭義のプラモデルとしており、ほぼ同形式の製品であってもそれ以外のモノは『玩具』・『食玩』・『鉄道模型』等と区別されることが多い。狭義のプラモデルとそれ以外に関しても、取扱っている問屋が異なっている場合が多く、流通上別個として扱われていて、玩具店や模型店、大型量販店などの売り場別といった、小売レベルでも一定の線引きがされているものの、厳密に線引きされているわけではない。

商品の中身

プラモデルの商品の中身としては、基本としてランナーと呼ばれる枠に繋がった状態の部品と組み立て説明書が入っている。この二つがなければそもそもプラモデルを作ることは不可能となっている。またこれは一般的ではないが、接着剤やマーキング用のデカール、組み立てる際に必要な部品などが付属しているときもある。また、小さな部品に関しては開封してからなくさないためにする意味でも、小分けに袋で包装されていることもある。

組み立て説明書が在沖しているのは当然として、そのほかにも塗装をする際に指定されている色や塗装図、模型に関する情報なども説明書の中に記載されているときがある。小型プラモデルに関しては箱の裏面に記載して、紙のコストを下げているものもある。

製法が異なっているプラモデル

プラモデルといっても、その中で更にパーツの製法方法が異なっているものもある。主な種類として以下の二種類となっている。

インクジェットキット
別名『射出成形キット』と呼ばれており、金型の中に溶けたプラスチックを高圧で流し込んで成形されたキットで、大量生産されている製品に多く、構成されているパーツに関してもその制度が高いことで評判と代と呼ばれているノズルからところでんのようにおしたしてせいけいなっている。欠点としてはパーツに金型の合わせ目であるパーティングラインが生じてしまうという問題点が存在している。また製造には精密な金型と、大掛かりな射出成形の設備が必要となっているためにイニシャルコストが高いことことで生産者を悩ませている。一般的な印ジェットキットのほかに、樹脂や軽合金を型に使った『簡易インジェクションキット』というものもあるが、こちらの製品はマニア向けとなっている傾向がある。
バキュームキット
真空成形キット、もしくはモナカともとも呼ばれている、熱で柔らかくしたシート状のプラスチックを、型に押し付けて成形したキットとなっている。型が一枚あれば成形できるが、大量生産には向いておらず、また比較的竜泉形の成形に向いていることもあり、マイナーな航空機がこのバキュームキットで販売されることが多くなっており、その成形品を作るためにはかなりの習熟度が必要となっているため、初心者向きではない。

また、各種プラ素材に関しては『押出成形』と呼ばれる成形で作られているので、付属パーツ以外のものに関してはこの成形方法で作られている。